2014/02/17渥美清さんと普通の人々 その壱

私の出身大学の附属病院は都心にありますので、各界の成功者の皆さんが、高額な個室料金をお支払いになりご入院なさいます。最近では小渕前首相にご利用いただいたことで、読者の皆さんの記憶に新しいと推察します。このような患者さんはVIPと呼ばれ、病院や大学の将来のことを考え、特に大切に扱うことがスタッフに求められます。私も直接もしくは間接的にそうした方々に接する機会を持ちましたが、総じて個性的な方が多いとの印象を持ちました。驚くほどの個室料金を支払いながら何ら特別扱いを求めない方から、いかに自分が多忙であるかを強調なさり、無理な外出や退院を希望なさる方までいろんな方がいらっしゃいました。しかしながら私の大学勤務時代に最も印象に残っている患者さんは、ごく普通の経済力や社会的地位をお持ちの方でした。その患者さんは悪性黒色腫という、癌の中でも特に悪性度の高い腫瘍の手遅れ例でした。一応抗癌剤投与を行っていましたが、完治するには奇跡でも起きなければ無理な症例でした。ですから入院している意義は低く、自宅療養の上、痒痛が強くなった時点で入院し、モルヒネ等で痒痛対策を施すのが適当と、私には思える症例でした。しかし入院をしている限りは、教授回診に備えて基礎的なデータを揃えておかなければなりません。よって助かる見込みがない患者さんに痛い思いをさせて採血を行うことに、申し訳なさを感じていました。ところがその患者さんは私の立場をご理解頂いているようで、黙って協力してくださるのです。その大人らしい思いやりに私は甚く感動し、一般的によく使われている「偉い人」で、社会的地位の高さや経済力を意味するのは間違っていて、本当の偉さは普通の人の中にこそ存在するのだと考えるようになりました。

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